「娘に教わったこと」

特定非営利活動法人海から海へ 理事長 阿部公輝

 

 私は今ご紹介くださった依田淳一さんと中学高校時代からの友人です。大学で、コンピュータ、ネットワーク、セキュリティの研究をしております。今日ここに来ております妻と、縁あって8年前再婚いたしました。娘は妻の子、34歳の画家です。娘は田中瑞木といいます。画家として知られているため苗字を変えていません。彼女は自閉障がいがあり知的発達に遅れをもちます。養護学校卒業後、福祉作業所を経て昨年10月から有料老人ホームでお掃除や洗濯物畳みなどの家事をサポートするスタッフとして働いています。

 娘に教わったことはたくさんあります。そのいくつかを紹介します。

 彼女は、「Nさんが待ってる」とか、「Oさんが待ってる」と言って仕事に出かけます。(NさんやOさんは仕事場の職員です。)そして、私に向かって、「パパはだれが待ってる?」と聞きます。そう聞かれて私は、「そうだ、そういえば今日はI君が待ってる」とか、「S君が待ってる」とか、答えます。そのとき私は、私を待っている学生が大学にいる、仕事とは人の役に立つこと、と気づかされます。

 娘は、好きな人の名前を耳にするだけで、満面の笑みを浮かべます。その笑顔があまりにすばらしいので、人はその笑顔が見たくてその人の名前を何度も言いたくなってしまうほどです。彼女はことばによるコミュニケーションは得意でないけれど、絵や笑顔で人を感動させることができます。ことばも重要ですが、大切なのは深いところにある人の魂そのものだということを娘に教えてもらいました。

 娘が友人にメールを出す支援に週1回4年間来ている野崎君という学生が、最近就職を決めました。「瑞木さんからたくさん学んだおかげです」と電話をかけてきました。それを聞いた娘は、お花の紙を吉祥寺で買い、「ノ・ザ・キ・サ・ン!」と指さしながら、赤とピンクの花飾りを10個作りました。彼への就職祝いで作ったのです。彼女は人を無条件で愛します。愛されると人は変ります。私に対してもそうです。食事のとき向かいに座って、「パパはすてきよ。そのままでOK!」と表情が言っています。そのことから私は、人が(たとえば学生が)自分のもつ良いものに気づくよう、そしてともに良いものを生み出していくよう努めることが私の仕事と気づきました。

 このように、私はたくさんのことを教わりました。妻は娘を育て、そして、自分も成長しました。いま妻は臨床心理士として多くの人を支援しています。(ここにお持ちした「花火」と「夜のクリスマス」の絵について妻が書いた文章があります。この年末出版予定の本の原稿の一部です。妻の許可を得て朗読します。)

 私たちはNPO法人「海から海へ」を設立し、マンションの一戸に美術館を作りました。そこでは、60数点の絵が見られます。これからも娘にいただいたものを社会にお返しして行きたいと思っています。